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Dusk エピソード1−2

本編 その2
・4
 少女の声は、うっかりしていれば聞き逃しかねない小さなものだった。だが俺には確かに聞こえた。去ろうとする俺を呼び止める声が。
 全身をゾクゾクとする寒気にも似た何かが走るのを感じた。そこには見えない存在が確かにいる。もっと恐怖したりしてしまうんじゃないかと思っていたが、この感じは違う。知っている。これは多分興奮。
 目の前に探し求めたフィッツランドの幽霊がいる。とうとう七年前の事件の手がかりが手に入る瞬間がきたのだ。
 なるべく興奮を表に出さないように、ゼリーの湖に向かって答えた。
「待つよ」
 答えた後変な返事だったかもしれないと思ったが、特に問題はなかったようで、再び少女の声が何も無い空間から発せられた。
『あなたはだれ?』
 そのまま通過していってしまいそうなほど透き通った声。幽霊少女自身にも変なところに居るという自覚はあったようだ。その質問はそっくりそのままこっちが聞きたいことでもあったが、質問に質問で返すのは礼儀知らずのすることだろう。堂々と名乗ることにした。
「俺は佐倉桜花」
『さくらおうか。綺麗な名前』
 真正面から褒められると少し照れくさい。とりあえず、答えるには答えたので今度はこっちから質問する。質問したくて仕方なかった。
「君は誰?」
 俺の声は、緊張で少し震えていた。
 少女は、今度は少し間を置いてから短く答えた。

——わたしは幽霊。

 驚いた。自分で言うとは思わなかった。
 だが……これで本人のお墨付きだ。目の前の見えない存在こそがフィッツランドの幽霊その人に間違い無い。胸の奥に熱い何かが込み上がってくるのを感じた。
 ついに、つかんだんだ。
『怖がらないの?』
「ああ」
 即答した。怖がるわけがない。望んでいた存在と出会えたのだから。
『いままでみんな、怖がって逃げちゃったのに』
 普通の人間は、幽霊を捜しにきても本物の幽霊と出会ったら逃げるのだろうか。やっぱり俺は少し変なのかもしれなかった。
「俺は逃げないよ。だって君に会いにきたんだから」
『わたしに……?』
 少女の声は、心無しか少し嬉しそうにきこえた。
 ——ああ、そうか。
 俺は無意識に避けていた。この幽霊少女が、今までどうしていたのかについて考えることを。
 今までは『みんな逃げてしまった』。その一言はその答えを知るに十分だった。ましてこんなところに居て、都市伝説の幽霊目撃談も風化してしまったぐらいなのだ。今、この子は本当に一人なのだろう。 久しぶりに人と話せたら、それは嬉しいに決まってる。
 覚悟を決めよう。俺は全てを知る必要がある。
「最後に人と話したのはいつ?」
『いつとかよくわからない。けどバクハツがあってから今日が初めて』
 予想通りの答えだったが、やはり実際に聞くとこたえた。胸の熱さはどこかに消え失せ、代わりに気持ちの悪いもので満たされていく。
 バクハツ……フィッツジェラルドランドのサーカスが焼失したあの日からずっと。
 つまり、七年間。
 それだけ長い間、この子はずっと一人でいたのだ。誰とも話すこと無く。七年前ならおそらく声の主は年齢一桁だっただろう。一体、どうやって今まで生きてきたんだろう。いや、死んでいるのか。だとしてもどうして。
 脳が熱を帯びたように思考がぐらつく。
 気がつけば俺の口は勝手に動いていた。
「……どうして」
『え?』
 それは疑問。
「どうして怖がる必要があったっていうんだろう」
 実際幽霊少女にあってみて感じた、純粋な疑問だった。
「君は俺には見えないし、本当に幽霊ってやつなのかもしれない。でもそれだけだ。七年前から噂があるのに呪殺の被害報告の一件も無いような女の子がなんで——」
 七年間も孤独なまま彷徨わなければならなかったっていうんだ。みんながみんな、怖がって逃げ出してしまったっていうのか。こんな小さな女の子を一人置き去りにして?
『ちょっと前までは、きづいてもらおうとしてた。でもだめだった。ほとんどの人はきづいてくれなくて、きづいてくれた人も逃げちゃうの』
 俺には想像もつかなかった。誰一人自分に気付かない世界の中で七年間も過ごすだなんて。七年間って、この子の人生のほとんどを占めるんじゃないか。普通なら、とっくに発狂しててもおかしくないんじゃないか。
『それに、こわかった。たまにわたしをつかまえようとするような人たちもきたから。だからわたしはここにきたの。ほとんどだれもこない。ホテルもあって、ゼリーのプールもあって、しばらく飽きなそうだったから』
 気付かない人。怖がって逃げる人。怖い人。彼女にとっては、三種類しかいなかったのか。そして彼女は人がいないところに隠れ潜むことを選ぶに至ったのだ。それはどれだけ辛かったのだろう。
 正面を見ていられなくなって、顔を伏せた。
 フィッツランドの幽霊。フィッツランド事件の犠牲者達が、たとえ幽霊と言う形ででも存在し続けていてくれるのなら、俺はそれでもいいと思っていた。そんなことを考えて、幽霊少女と会って手がかりをつかめるぞとワクワクしてさえいた。だが現実に幽霊少女を目の前にして自分の考え違いを呪った。幽霊になるっていうのは、ここまで残酷なことだったのかと。
『それにここにいれば、自分がここにいるって分かるから』
 自分の居場所すらないまま彷徨……。

 待て。今この子 なんて言った?

 ここにいれば、自分がここにいるって分かるから……?
 自己嫌悪に一生懸命だった俺の脳がワンテンポ遅れて少女の言葉を理解し、その意味を理解した瞬間、俺は詰問するがごとく激しい語調で言葉を発していた。
「どういう意味だ?」
『ここにいると分かるの。自分の体がどこにあるのか。わたしはちゃんとここにいるんだって』
 全部聞き終わる前に俺はゼリーに飛び込んでいた。
 少女が驚く声が聞こえる。その方向をしっかり認識する。
 見た目には本物の湖のように深く見えたゼリーの湖だったが、ある程度から下はゼリーと同じ色をした弾力のある透明な床で、飛び込んだときに思いっきり激突してしまった。 120センチぐらいの子が入るのにちょうどいい高さだ。やはりアトラクションとして解放することを想定していたのだろう。だがそんなことは今どうだっていい。
 ここにいるとわかるだって? 自分の体がどこにあるか分かるだって?
 立ち上がって、ばしゃばしゃとわざと波紋を立てながら歩く。
 俺の考えが正しければ、目の前にいるはずの女の子はきっと、

 幽霊なんかじゃ無い。

——なにをしてるの?
 ある場所までいくと、波紋が不自然な消え方をした。よく見ると確かにそこだけ少し違和感がある。
 ここだ。
 俺はそう確信し、その場所へ向かって叫んだ。
「そこにいるんだろう? 俺はずっと前情報にだまされていた。君が幽霊だって言う前情報にな」
——わたしは幽霊。あってるよ。
「違うね!」
 勢いに任せて叫ぶ。さっきの少女の言葉で、それが事実じゃないってことに気付いたから、そして本人はそのことに気付いていないから、俺は叩き付けるように叫んだ。
「少なくとも俺の中では違う。だから俺は幽霊だなんて認めてやらない! 幽霊ってのは確かに見えないが、それだけじゃない。普通幽霊ってのはな、」
 俺は渾身の笑顔を浮かべて叫んだ。
「触れもしないんだ!!」
 少女も俺の言わんとしたことが分かったようだ。息をのむ音が聞こえた。
 そう、水の中に入ったらわかるのなら体があるはずなのだ。地に足着いて、この世にちゃんと存在しているはずなのだ。
 そんなのが幽霊っていえるだろうか。いや、言えない、俺は言わない。
『ほんとうに? わたしは幽霊じゃないの?』
 少女の声は、震えていた。
「多分な。約束は出来ない」
 どちらにしろ彼女が不思議な存在であることに変わりはない。目には見えないし、フィッツランド事件を、七年間をどうやって独りで生き抜いたのか皆目見当がつかない。
 だけど。
「だけど一つだけ言える」
『それは……?』
「試してみればわかるってことだ。一緒に行こう!」
 少女がいるであろう場所に向かって、全力で手を伸ばした。
『あなたは、怖くないの?』
「むしろ望むところだ」
 怖いなんて考えもしなかった。ただこの子をこの場所から引きずり出したかった。
 戸惑うような息づかいと、湖の波紋だけが感じられる静寂の中。
 静かに。
 でも確かに。
 柔らかい何かが、俺の手に触れた。
 その瞬間、突然目の前が凄まじい光に包まれた。とても目を開けていられなくなり、全力で目をつぶった。
 そして——

 目を開けると、いつのまにか目の前には、裸の女の子が立っていた。

 女の子はきょとんとした表情で自分の腕を見ている。その手はどう見ても俺の手とつながれている。と、いうことは……。
「見えてる……」
 その言葉は、同時に俺たちの口から自然と漏れていた。
「わたしの体が、ある……!!」
 嬉しそうに自分の体をぺたぺた触るその女の子から聞こえる声は、間違いなくさっきまで聞こえてきていたのと同じ。さっきまでの透明少女で間違いないようだった。
 平均身長に少し足りない俺よりも30センチ以上は低い位置の視線と目が合う。吸い込まれそうな浅葱色の瞳。瞳だけでなく、七年間伸びっぱなしだったであろう長い髪もまた浅葱色。雪のように白い肌には湖のゼリーがまとわりついて不思議な色気を放っていた。不覚にもどきっとしてしまうほどに。
 だけど、表情は完全に小さい子どものそれだった。驚きと喜びでゆがめられたその可愛らしいほっぺたに、一筋、また一筋と涙が伝っていく。
 そして感極まったのか、そのまま俺に抱きついてきた。
「えっ、ちょっ」 
 子どもとはいえ裸の女の子に抱きつかれてテンパってしまう。だがそんな場違いな動揺は真っ赤な顔して大泣きしている女の子を見たらすぐに引っ込んでしまった。
「よかった……もとにもどれて……」
 少女の涙が俺のシャツを濡らしていく。もう既にゼリーまみれなので今更だったけど。
「さて、じゃあここから出ようか」
 いろんな意味でこの状況は俺の心によろしくない。
「ずっと人肌恋しかったからもうちょっとこのままがいい」
 どこで覚えたんだそんな言葉。
 とりあえず菊澤に連絡しようと携帯を取り出したが、ゼリー湖に飛び込んだおかげで完全に壊れていた。
 仕方ないのでそのまま抱き返すようしてに持ち上げて湖から上がり、自分の上着を羽織らせた。もちろんその上着もゼリーまみれだが何も無いよりはマシだろう。菊澤は後で呼びにいくとして、今は先にこの子に聞きたいことがある。俺は少女の方へ向き直った。
「さて改めて聞くぜ。君は誰なんだい?」
 さっき自分は幽霊だと言った女の子は、今度は天使のような満開の笑顔で答えてくれた。
「わたしは亜癒。施境亜癒」
 そしてその天使がもたらしてくれたのは——まさに福音だった。
 施境、亜癒。今年十二歳になるはずの女の子。十二歳にしては大分幼く見えるが、施境なんて名字はそうそういない。まず間違いなくこの子は、喫茶店AKIRAのマスター、施境彰さんの娘さんだ。勢い余って今度は俺から抱きしめてしまった。
「わ」
 どうしてこの子は透明人間になっていたのか。この不思議な髪の色はなんなのか。そんなことはどうでもよかった。フィッツランド事件の被害者が、彰さんの娘さんが生きていてくれたことが、ただただ嬉しかった。
 突然抱きつかれてびっくりしていた亜癒ちゃんも、まだ人肌恋しいのか、静かに抱き返してくれる。
 さっさと着替えないと二人とも風邪を引いてしまいそうだけど、今はしばらく、このままでいたかった。



・5#

 暗いようで明るい、鮮やかなようで落ち着いている、不思議な照明の部屋に彼らはいた。
「面白いね」
 その中性的な声は、不思議とよく通った。幼い声のようでいて、不思議なカリスマ性を宿すその声は、聞くものに不思議な魅力を感じさせた。
「とおっしゃいますと?」
 その側に侍るものは、臣下のように敬畏を持って問いかけた。
「このタイミングでこんなイベントが起こったのには何か不思議な因果を感じるよ。起こるべくして起こった必然。運命的って言えばいいのかな。そしてボクの勘ではもうすぐ——」
 そして、その人はまた純粋な笑顔を浮かべて言った。
「彼が動き出す。ボクたちにとっても鍵となる彼がね」


・6

 あの後、合流した直後からその幼女は誰なんだと詰め寄ってくる菊澤を後で詳しく話すと言ってスルーし、俺と亜癒ちゃんは最低限の着替えだけをして喫茶店Akiraに直行することにした。
 フィッツランドの最寄り駅から電車で約20分。同じ県内ではあるが普通歩いていく距離ではない。電車で行けば数百円とかからないが、電車に一人で乗ったことも無いであろう五歳の子どもにとって、この距離はどれだけ絶望的だったことだろう。
 電車の中で、亜癒ちゃんに彰さんのことを話した。亜癒ちゃんのことを聞かせてもらっていたことや、亜癒ちゃんをずっと探していたことを。
「おうか、パパとトモダチなの」
 トモダチ。とりあえずそう間違ってはいないので頷いておいた。
「パパに会えるの?」
 亜癒ちゃんは不安と期待が入り交じった表情で俺を見上げてきた。
「もちろん。次の駅で降りるよ」
 彰さんはどんな反応をするだろうか。なんだか俺まで緊張してきた。とにかくはやく無事を確認させてあげなければ。
 目的の駅に到着したことを知らせるアナウンスが流れ、亜癒ちゃんの手をとって電車を降りる。亜癒ちゃんは不安なのか俺の手を必要以上にしっかり握り返してきた。七年もひとりぼっちだったから、不安でしょうがないのだろう。
 駅を出ると、そこは不自然なほど静かだった。
 時間は夜9時半と言ったところ、当然日はとうの昔に沈んでいる。だがおかしい。ここは田舎町というわけではない。店も多いし、街頭も夜歩くのに不自由無い程煌々とついている。
「おかしい……」
 なのに人通りが無い。人払いしたかのように周囲に人がいない。
 一体どういうことだ……?
「ウェルカム、佐倉桜花くん」
 突然、声がかけられた。知らない声。
 嫌な予感を感じながら、俺はゆっくりとそちらを向いた。
「君はこちら側の世界に足を踏み入れてしまった。もう逃げることは出来ないよ」
 そこには何故か片目を閉じてこちらを見ている青年が立っていた。栗色のロングヘアをオールバックにしている俺よりも幾分小柄なその男の笑顔は、何故だか妙に癇に障った。
 それ以前に、何故この男は俺の名前を知っているんだろうか。嫌な予感しかしなかった。
「おいおいそう警戒しないでくれよ、佐倉桜花くん。まさか、自分が有名じゃないなんて勘違いでもしているのかい?」
 俺が有名? どういうことだ。笑顔の印象に違わず人をあざ笑うような口調でその男は言った。
「ハーメルン事件の唯一の生還者佐倉舞の兄。そして——」
 男はひときわ笑みを深めた。
「フィッツジェラルドランド創設者、佐倉紅郎の長男。そうだろう?」
 こいつ……そんなことまで。
 舞のことはニュースにもなったから、知っているのも無理はない。
 だがフィッツジェラルドランドは、表向きにはサラ・J・フィッツジェラルドという孤児を引き取ってサーカスを組織していた女性の偉業をたたえ、及びそのサーカスを存続させるために創られたことになっており、実質的な創設者である父のことは世間に知られていないはずだ。
「おうか、この人だれ……?」
 亜癒ちゃんが俺の背中にしがみつくように隠れながら、不安な声で聞いてくる。
 だけど俺にも全く何がなんだかわからなくて、返せる言葉がなかったので、とりあえず手を握った。
「何の用だ」
 いざとなったら亜癒ちゃんだけでも逃がせるように、背中にかばうように立つ。
「そんなに怖い顔しないでくれよ。僕は坂本悟。ただ警告しにきただけさ」
 坂本と名乗った男はイライラするほど爽やかな笑顔でそういうと、無遠慮に亜癒ちゃんを指差した。
「その女の子、普通の人間じゃないね。フィッツジェラルドランドの幽霊少女。そうだろう?」
 そこまで知っているのか。まさか、亜癒ちゃんを狙ってきたのか?
「さっきも言った通り僕は何もしない。だけど常識を超えた存在と出会ってしまった君は、もはや今までの常識が通用する世界には戻れないということを覚えておくと良いよ」
「どういうことだ」
「ふふっ、透明人間なんて人類の夢じゃないか? それをほしがる人間なんて5万といるってことだよ。ほら、そこにもう君たちを狙う黒い影が」
 反射的に坂本が指差した方を見る。
「……なんだこれは」
 そこには黒い獣がいた。
 いや、違う。よくみたら獣ではなくて人間だ。全身にSFに出てきそうな黒いアーマーをまとって、何故か獣のように地を這っているのだ。しかも顔は黒いバイザーで見えないが、ボディラインからして若い女性。少女と言って良いかもしれない。凄まじく異様な光景がそこにはあった。
「じゃあ僕はこれで帰るよ。そこの『彼女』に喰われないようにせいぜい気をつけるんだね」
 喰われる……?
 その言葉を脳が認識したときには、もう『彼女』は眼前に迫っていた。
「うわっ」
 紙一重でかわせた。だが意味が分からない。
 どうして俺が襲われるんだ?
「その娘……渡してもらう」
 機械を通したような声でその少女は要求した。
「断る」
 混乱した状況の中でもそれだけははっきり言えた。
「ならばしばらく眠ってもらおう」
 再び彼女は飛びかかる体勢をとる。ヤバい、さっきみたいに飛びかかられたら今度は避けられる自信が全くない。
「亜癒ちゃん逃げろ!」
 俺は覚悟を決めてそのバイザー少女の前に立ちふさがった。どうせかわせないのなら、せめて恩人の娘だけでも守り通したい。
「時間稼ぎか、いいだろう」
 再び凄まじい速度で飛びかかってくる。とっさに防御姿勢をとったが、あのよくわからない黒いアーマーに突進されて果たして無事でいられるか。
 衝撃を感じるより先に、ガンッという何か固いもの同士がぶつかったような嫌な音が聞こえてきた。
 ——いや。
 いつまでたっても、予想していた衝撃は来なかった。
 獣は俺の眼前で静止していた。
 まるで透明な壁に阻まれたように。
「間に合ったようだな」
 頭上から声。そして直後に俺の目の前に男が一人降ってきた。
 当然のように頭上から人間が降ってきたことに疑問を抱けないほど今日はもう色々なことが起こりすぎていた。
 それよりも眼を引いたのは男の格好。長い灰色の髪にダークグレーのロングコート。そしてこちらを振り向いたその男の鋭い眼は、沈みゆく太陽のように赤く燃えていた。
「逃げるぞ。私についてこい」
 異様な出で立ちのその男についていくことに、不思議と不安はなかった。俺は亜癒ちゃんの手を取って、その男の後を追いかけた。
「佐倉桜花、怪我はなかったか?」
 走りながら男は当然のように俺の名前を呼んだ。
「大丈夫。それよりわからないことだらけだ。あの、」
 色々起こりすぎて逆にクールダウンしていた脳が思い出したように混乱し始める。透明少女、坂本悟、襲ってきた奴、それを弾いた謎のバリア。そして今目の前にいる男。
「あとでまとめて説明する。私は板堂聖派。Duskのリーダーだ」
「ダスク?」
 板堂聖派、そう名乗った灰色男は、怜悧な顔をにやりと邪悪に歪めて言い放った。
「そう、Dusk。常識を超えたところで暗躍する正義の秘密結社だ」
 正義の秘密結社……?
「我々は君を歓迎する。共に世界を救おう、佐倉桜花」
 板堂が立ち止まって俺に手を伸ばしてきた。俺が亜癒ちゃんにそうしたように。
 俺は——

 迷うこと無くその手をつかみ取った。

 坂本悟は言った。「もはや今までの常識が通用する世界には戻れない」と。
 もしその瞬間が明確にあるとするなら、おそらくはこの瞬間。
 板堂聖派の手を取ったこの瞬間に、俺は常識を超えた世界に自ら足を踏み入れたのだ。
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プロフィール

Author:黒ザトー
小説『Dusk』ゆるりと更新中
並びにボイスドラマ企画『Dusk ep0 ゆめのせかい』
企画中


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