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Dusk 第二章「夕闇の訪れ」

本編二章 プロローグ後編





1.

「お兄ちゃん、なんか元気無いね」
「まぁな……外、吹雪だし」
 妹の手前そうは言ったものの、元気が無い原因は別にあることは自分でもわかっていた。結局昨日はほとんど眠れなかった。まだ思考回路がぐちゃぐちゃで、あの時の光景がリフレインしている。
 あれは白昼夢だったのか?
「そうだね。甘党宣言飲む?」
「飲む」
 とりあえず条件反射のようにそれだけは答えた。

 あの後、彰さんと亜癒ちゃんからはお礼の電話がかかってきた。彰さんの声は、それはもう別人のように若返っていて、もう20代と言っても通用しそうなほどの元気にあふれていた。
 俺はそれを嬉しく思いつつも、どうしても考えてしまう。亜癒ちゃんが戻ってきて、父さんが戻ってこられない理由。そればかりを考えてしまう。
 あれが白昼夢じゃなかったとすれば……いや、あれはまぎれも無く現実だった。あの場所は、父さんは、一体なんだったんだ?
 その瞬間、首に鋭い刺激が走った。
「ひゃうっ!?」
 自分が発したとは思いたくない奇声を上げて振り返ると、無表情で舞が立っていた。
「氷」
「見ればわかるよ! 何の拷問だ一体」
 新しいいじめだろうか。舞はふふっと鼻で笑うと、
「はい甘党宣言」
 缶を手渡してくれた。しかも温かい。なんだろう、ツンデレごっこかなにか、
「雪」
「うぁ!?」
 今度は首元から雪を突っ込まれた。素肌に触れて恐ろしく冷たい。
 なんでだろう……俺今妹にいじめられている……。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「なんだよ……」
「辛気くさい顔してないでデュエルしようぜ」
 見ると舞は少しだけ泣きそうな顔をしていた。
 その顔を見て察した。舞なりに俺が塞ぎ込んでいる様子なのを気にしてくれていたのか。
「舞……」
「お兄ちゃん……」
「氷返し」
 裾から手を突っ込んでおなかに氷を押し付けた。
「ぎゃああああああああ」
 舞はたまらず飛び退いた。
「お、乙女の柔肌になんてことを!」
「決着を付けにいこうぜ、舞」
 俺は玄関に向かって走った。
「雪合戦という名のデュエルでな!」
 俺達は久方ぶりに一面の銀世界となった屋外に飛び出した。
「ふっ。行くよお兄ちゃん、雪玉の貯蔵は十分かい!?」
 決戦の火蓋は切って落とされた。


「あーもーびっちょびちょだよー!」
 疲れ果てて舞も俺も雪の上に体を投げ出していた。
「まったく何歳児だよ俺たちは」
 二人でこんな風に遊んだのはいつ以来だろうか。
「でもたまには良いんだよきっと。色々ばかばかしくなるでしょ?」
 気がつけば、空はすっかり晴れていた。
「大丈夫だよ」
 舞はさっきまでとは違う静かなトーンで言った。
「私はあの時のこと、ほとんど覚えてないんだけどさ。それでも、なんでか確信できるんだよ。父さんはいつか戻ってくる。間違いない」
 驚いて舞の方を見ると、勝ち誇ったようにニッと笑った。
 全部わかっていたんだ。あの日から元気が無い理由。
 どうしてこう、舞には見抜かれてしまうのだろう。嬉しいような、情けないような。
「……ありがとな」
 そんな気分をごまかすように、顔をそらしながら、聞こえるか聞こえないかのぎりぎりの音量で呟いておいた。


2.

「後生です、行かせてください!」
 その小さな部屋に悲痛な声が響き渡った。
「だめだ」
 そしてその願いはあっさりと棄却された。
「お願いします……あれは私の……私の!」
「わかってる」
「ならなぜっ!」
「君を失いたくないんだ」
 そこで必死に叫んでいた者ははじめて気がついた。
 彼も自分と同じ、いやそれ以上に沈痛な面持ちをしていることに。
「クロウを見ただろう。あの一瞬であれだけ消耗したんだ。それと同じだけ、仮にその二倍の時間が使えたとして、なにができるっていうの?」
「それは……」
「わかってよ。ボクたちの誰か一人でも欠けてしまったら……」
 どこまでも純粋な彼の言葉の前に、誰も何も言えなくなってしまう。
 静まり返ってしまった同士に向かって、彼は明るい笑顔を向けて言った。
「それにあの子は大丈夫だよ」
「何故……ですか?」

「彼がいるからさ」


3.

 俺は一人海岸を歩いていた。
 考え事をしたいとき、よくここに来る。海沿いには簡単な机やベンチが設置してあり、そこで甘党宣言を飲みながら海を眺めていると、不思議と考えがまとまるときがあるのだ。
 まだ雪の残る海岸。冬でもサーフィンをやっている人がたまにいるが、さすがに今日は誰もいなかった。
「よいしょっと」
 今日持ってきた甘党宣言は三本。これで二時間はもつだろう。
 もちろん、考えたいことはフィッツジェラルドランドのサーカスハウスで起きたハーメルン事件のこと。
 サーカス団員と観客あわせて1000人以上もの行方不明者を出していながら、七年経った今でもたった二人しか生還者がいない怪事件。
 そして、白昼夢のように現れた父さん。
 舞は「父さんはいつかもどってくる」ことを、記憶はないものの確信している様子だった。あれをもどって来たと言って良いのかわからないが、死人にはとても思えなかった。
 一つ、今回の件で間違いなくなったのは、この事件は現実的に考えてあり得ないことが起こっていたということ。でなければ被害者が透明人間になったり、触れられなくなったりするはずがないのだ。
 そこまで考えて、無意識に二本目の甘党宣言に手を伸ばしている自分に気付いた。いかんな、まだ十分も経っていないというのに。

「それぜんぶ一人でのむの?」

 突然声をかけられて思わず悲鳴を上げそうになった。
「亜癒ちゃん? いつの間に」
 全く気配に気付かなかった。しかも背後ではなく目の前から声をかけられたというのに。そんなに思考に没頭していただろうか。
「びっくりした? あのね」
 亜癒ちゃんはいたずらっ子のように微笑むと、とつぜん衣服を脱ぎ始めた。
「な、何を」
 すると、服を脱いだ瞬間、
「消えた……?」
「うん」
 何も無い空間から声。最初にあったときのことを思い出し、あわてて立ち上がる。
 だが気がつくと、いつのまにか亜癒ちゃんが再び目の前に現れていた。とりあえずほっと胸を撫で下ろす。
「手品……?」
「ちがうの」
 服を着ながら亜癒ちゃんが答えた。
「消えたり戻ったりできるようになったの、あれから」
「なんだって」
 透明人間から超能力者にランクアップしたって言うのか。
「だけど、無闇に透明にならない方がいいんじゃないか。また透明になったままになったりしたら……」
「それはだいじょうぶだとおもうの」
 亜癒ちゃんは何故か自信満々に答えた。そして俺の不思議そうな表情を察したのか、言葉を続けた。
「ゼリーの中にいたころ、わたしはほんとうに幽霊みたいだった。でも、おうかが手をつかんでくれたあのときに、わたしは人間にもどった気がするの。それは今透明になってもかわらない。だからだいじょうぶ」
 そう言って亜癒ちゃんは天使のように微笑んだ。
「おうかのおかげ」
 わからないことだらけだけど、その言葉に対してだけは、素直に微笑み返すことができた。亜癒ちゃんは俺の膝に座って、一口もらっていい? と許可を取ってから甘党宣言を飲み始めた。
「おとうさんが、年上の人にはさんをつけた方がいいって言ってた。おうか……さん?」
「桜花でいいよ。その方がなんか仲良い感じするし」
「よかった」
 改めて近くで見ると本当に不思議な髪の色だ。触れた感触には特に変わったところは無いが、色は淡い青緑系統で、髪それ自体が発光しているかのようにも見える不思議な光の反射をしている。まるでこの世の物では無いかのような見たことの無い美しい輝き。
 そこでふと一つ気になった。
 亜癒ちゃんは事件前と事件後に明確な変化があった。彰さんに見せてもらった写真では髪も浅葱色ではなかったし、もちろん透明人間では無かった。
 だが舞には特にこれと言った変化が無かった。
 直後に発見されたからなのか。
 それとも、これのせいなのか。
 あの日舞から受け取った扇子を取り出して眺めてみる。
「それなーに? きれいだね」
 広げると、桜の樹が一面に描かれている。
「これは我が家の宝物なんだ」
 その銘を『陰陽桜』という。桜の持つ光と闇の二面性をデザインした扇子であるらしい。
 父は「扇子を手放すな」と言った。その意味は今もってわからないが、思い出すのはあの時、舞がこの扇子を握りしめた状態で発見されたこと。
 父が何を意図していったのかはわからないが、この二つが無関係とは思えない。
 この扇子はオーパーツか何かなのか……?
 結局今は混乱してばかりで、あの事件に関して進展したのかもよくわからない。父さんに関しても、あの一瞬の邂逅は俺の中に何か後味のよく無いものを残していた。
 でも今、少なくともこの前とは違ってこの子が生きていてくれたことを純粋に喜ぶことが出来ている。そのことに気付いて少しだけ気持ちが軽くなった。
 1000人の中のたった一人かもしれない。でも何より確かな進展がここにあった。
「さて彰さんにも挨拶に行かないとな。なんだかんだあれ以来だ。君を家に送るついでにちょっと寄っていってもいいかな」
 亜癒ちゃんをだっこして地面に下ろして立ち上がる。亜癒ちゃんもまたそれを聞いて嬉しそうに笑った。
「きてきて! おとうさんがおうかにいっぱいごちそうするっていってた!」
 この短い時間の間だけでも、本当によく笑う。
 あのとき、ゼリーの中の虚空から響いてきた声は、幼い少女の声にも関わらず絶望が滲んでいた。でも今の亜癒ちゃんは元気で天真爛漫な可愛らしい女の子にしか見えない。本人の言う通り、もう透明になったままになるなんて心配は必要ないように思えた。



「俺も呼んでくれるとは、相変わらず妙に律儀なやつ」
「元はお前の提案だからな」
 彰さん店に来た俺は、昨日帰ってしまってしていなかった経緯の説明を行い、ついでに菊澤のことも話したのだった。彰さんも事情を聞いたら菊澤にもぜひお礼をしたいと言ってくれたので、五人で彰さんの料理を食べながらお話しする運びとなった。
「それにしてもこの店! 知らなかったよこんな近くにあったのに! 美味しすぎるでしょこのスパゲッティ」
「料理屋としては今日開店ですから。でも気に入ってもらえたのなら何よりです。いつでもごちそうさせてもらいますから、気軽に来てくださいね」
 彰さんはすっかり若返ったダンディーな営業スマイルで答えた。
「本当ですか! 遠慮なく通わせていただきます!」
「おとーさんはてんさいだから」
 えっへんと自分のことのように胸を張る亜癒ちゃん。
 しかし全くその通りである。彰さんはお礼に料理を振る舞うといってトマトスパゲッティを作ってくださったのだが、それが尋常じゃないレベルなのだ。とてもシンプルなのに、全ての食材が完璧に調和し、一つの作品として完璧に完成している。もはや芸術の域。これが本当のスパゲッティなのか、じゃあ俺が今まで食べてきたものは何だったのだろうと思ってしまうくらいとんでもなく美味しいのだ。
 後で聞いた話によると、若い頃は世界中を飛び回って料理の修業を積んでいたらしい。だとしてもこの若さで、まさに天才としか言いようがない。
「舞ちゃんにも、いつでも来てねと伝えておいてもらえると嬉しい」
「わかりました」
 舞は友達から誘いがあってすぐに出かけてしまった。今度一緒に来よう、スパゲッティの味で心に決めた。



「それがこの都市伝説の真相だったって訳か。なるほどね」
 食後のコーヒーを頂きながら、菊澤にも昨日あったことを話した。あからさまに現実離れしたことも含んでいるのに、菊澤は特に疑うでもはしゃぐでもなく静かに俺の話を聞いていた。そして話が終わったとき、こう切り出した。
「でもまだ終わってない」
 それは菊澤とは思えないほどにまじめな口調だった。
「終わりじゃないって、亜癒ちゃんのはなしか?」
「いや都市伝説の方だ」
 まだ何が言いたいのか理解できなかった。亜癒ちゃんにまだ謎が残っているというのなら話はわかる。実際なぜ透明だったのかは今もって全くわからないわけだし。しかし都市伝説自体は亜癒ちゃんの存在で説明がつくのではないか。
「どういうことですか?」
 俺と彰さんの反応を見て、菊澤はこう続けた。
「確かにこの幽霊伝説は終わった。それは多分間違いないと思います。でも、この伝説が本物だったとわかった以上、」
 菊澤は持っていた鞄から一枚の紙を取り出した。
「これを無視するわけにはいかなくなった」
 そこには、青い燐光を放つ少女のイラストとともに、こう書かれていた。
——ライブハウスの怪人歌姫
「これってまさか……」
「そうだ」
 菊澤は銀縁眼鏡を光らせて宣言した。
「次の都市伝説」



 2.

 科学がいくら発達しようと全ての闇を照らすことはできない。むしろそんな現代だからこそ生まれる闇、それこそが都市伝説。その数は、 増え続ける一方である。
 この町に伝わる都市伝説も、まだまだある。そしてその一つが本物であった以上、類似の都市伝説も無視するわけにはいかなくなったということらしい。
「でもなんでこの伝説を選んだんだ?」
 今回は、俺が望むあの事件の解決に繋がるようなものとは思えない。そもそも、場所がライブハウスでは望み薄だ。
「正直俺もこの都市伝説には期待しちゃいなかった。でもよ、今回の件で考えを改めたんだぜ。これを選んだ根拠はたった一つ」
 菊澤はひらひらとポスターを振りながら言う。
「超能力者」
 俺と亜癒ちゃんは同時に息をのんだ。
「最初はうさんくさいと思っていたが、お化けだの妖怪だのが大半な中、逆にこれは悪目立ちしすぎてるとは思わないか?」
 青い光を纏う少女のシルエット。
 それは触れたときに光を放った亜癒ちゃんを思い起こさせた。
「……言いたいことはわかった。でもライブハウスの怪人となると、ハーメルン事件との関連性は薄くないか?」
「それはどうかな」
 菊澤は渾身のドヤ顔とともに眼鏡を輝かせた。
「七年前の出来事だ。何も遊園地自体にとどまっている必然性はどこにもないと思わないか?」
 確かに菊澤の言う通り。そういった意味では亜癒ちゃんの事情が特殊だったと言える。
「わたしもいきたい!」
 すると意外にも亜癒ちゃんが真っ先に意思表明した。
「おうか、たしかめたい。もしかしたらわたしと同じような人がいるかもしれないから」
 その言葉にハッとさせられる。正直、新たなる手がかりになるかどうかしか考えていなかった。もしかしたら亜癒ちゃんと同じように超能力のような何かで苦しんでいる人がいるかもしれない。それを思うと、確かに放っておける問題ではない
「……僕からもお願いするよ佐倉くん。娘を助け出してくれた君なら、もし本当だった場合、何かしてあげられると思うんだ」
 他ならぬ七年間孤独を彷徨った亜癒ちゃん自身と、恩人である彰さんに言われてしまっては、どうもこうもない。俺は静かに頷いた。
「決まりだな。ライブハウスのファントム・ディーヴァの謎は、俺たちが解き明かす!!」



 3.


 あれから2日後。俺たちは件のライブハウスの前に来ていた。
 ライブハウスの怪人少女、ファントム・ディーヴァ。彼女が現れるのは喫茶店Akira改めレストラン彰の近くにあるライブハウスで、水曜日の夕方から開かれるライブの終了後と聞いている。
 そして当の菊澤は今ここにいない。水曜日はどうしてもバイトが外せないそうである。よって今は俺と亜癒ちゃんで現場に来ている。俺たちが解き明かすとは何だったのか。
「ふぁんとむ・りーばってなんか強そう」
「ディーヴァね。確かにそんな感じの響きかもな」
 それは俺が心配していることの一つでもあった。すなわちもし本当にファントム・ディーヴァが実在し、かつ本当に超能力者だった場合、俺たちにも危険が及ぶ可能性があるのではないかということだ。正直亜癒ちゃんをつれてくるのは不安ではあったのだが、彼女の熱意を踏みにじる気にはどうしてもならず結局つれてきてしまった。何かあったら必死で守らなければ。
「さて、もう予定されているライブは全て終わった頃だな」
 もうすぐ人が退場しだす頃だろう。
 しかしその時になって違和感を感じた。
 ライブハウスはここから階段を降りてすぐの扉を開けたところにある。にも関わらず、音が全然聞こえてこない。
 防音にどんなに優れていようと、人が大量にひしめいているはずの空間からこの距離で音が聞こえてこないなんてことがあるだろうか。まして終了前後なんて一番ガヤガヤしていそうなときなのに。
「しずかだね……」
 亜癒ちゃんも同じ感想を抱いたようだった。
 一向に人が退場してくる気配もないし、このままでは埒が明かないので俺たちは中に入ってみることにした。
 扉に手をかけてみると、すんなり開いた。ライブ開催中なら当然だ。
 しかし受付カウンターには誰もいなかった。
 どころか、非常灯のたぐいしか電気がついていない。
「どういうことだ……」
 今日のスケジュールに何か予期せぬハプニングでも発生したのだろうか? だとしてもドアの鍵も開けっ放しで誰もいないなんておかしくないか?
 否が応でも不安は高まって行く。しかしここまで来たら進むしかない。俺は亜癒ちゃんの手を今一度しっかり握りしめて奥へと進んだ。
「くらいし、だれもいないね」
 本当に静かだ。受付だけではなく、観客も一人もいない。予定表通りならついさっきまでライブがあったはずなのに、ライブ後特有のこもった熱気も感じない。不自然だ。ライブは諸事情で中止になり、鍵を閉め忘れただけとでもいうのか?
 いや、もはやそれだけとは思えない。
「やっぱりここにはきっと、何かがあるんだ」
 
——突然、ステージ上のライトが一斉についた。

 さっそく来たか!
 状況を把握しようとしたが、突然の眩しさに目がくらんで何も見えない。
 目が慣れた時には、ステージ上に一人の少女が立っていた。
 長い黒髪とブルーのマフラーをたなびかせ、マイクを構えたその姿はまぎれも無くヴォーカリスト。
 あれが、ファントム・ディーバなのか?
「今日のお客さんは二人かぁ〜でもしょうがないよね! HALのサプライズライブによく来てくれたねって感謝するよ!!」
 へそだしの衣装と顔の派手なペイントに似つかわしく、挑発的に言い放つその姿に、今のところ不思議な要素は見当たらない。
 それにハルと名乗ったこの子、今なんて言った? サプライズライブ?

「じゃあ聴いて! ファントム・ディーバで、『真夏の有刺鉄線』!!」
 
 わけのわからない曲名を宣言した少女はエレキギターをかき鳴らして歌い始めた。
 昭和テイストと電波系ロックが融合したような不可思議な曲だが見事な歌唱力。あっけにとられて呆然としながら、なんだかんだで曲が終わるまで黙って聴き入ってしまった。
 そんな俺に、少女は片手で汗を拭いながら満面の笑み向けた。
「いいねぇその顔! 何もわかってないって顔してる! その顔が見られただけでもこんなことをしたかいがあったってものだよ!!」
 実に楽しそうにぴょんぴょん飛び跳ねながら少女はそう言った。
「こんなこと……?」
「そう、怪人美少女ファントム・ディーヴァ。その名はハル!! そんな都市伝説につられて私のライブに来てくれる人を待ってたんだ!」
 そう言ってハルと名乗った少女は種明かしをする。
「前の時間も押さえさせてもらってね〜、『何もやってないはずのライブハウス』を演出させてもらったってわけ。きっとそんなところに乗り込んでくる人は面白い人だって思ったから」
 ……そういうことか。
 これは本当に単なるシークレットライブだったのだ。
 怪人歌姫ハル。これは彼女自身が作った都市伝説に釣られてやってくるような変わった人間を集めて思う様サプライズを楽しんでもらおうとする彼女なりの趣向にすぎなかったのだ。
 してやられたと、俺は苦笑を浮かべるしか無かった。
 そして彼女は、俺の顔を見て満足げに微笑んで言った。

「そう、あなたを待っていたんだよ、佐倉桜花」

「え?」
 その瞬間、彼女の全身が青い燐光を放った。
「——変身」
 少女の纏っていた煌びやかな衣装が消し飛び、かわりにいつのまにか少女は全身に黒い鎧を纏っていた。
 怪人少女。
 その言葉が頭の中で明滅する。
 目元を隠すバイザー、禍々しく輝くかぎ爪。歌姫は一瞬にして黒い獣へと姿を変えていた。
「は……?」
 さらにガシャン! と耳障りな音をたてながら上から何かが降ってきた。
 あれはロボット……? そうとしか見えない。蜘蛛のように八本足を備えた1メートルほどの鉄のかたまりは、どうやら俺達を逃がさないために召喚されたらしい。入り口を塞がれた。
「せっかく来てくれたんだから、もっと楽しんでもらわなくちゃ」
 理解が状況に追いつかない。でもこれだけはわかった。
 この状況は常識を超えている。
「罠だったってことか……?」
 冷や汗が流れるのを感じる。今や本当に怪人然とした見た目に変貌したハルは、どう見ても戦闘態勢だし、そう広くないライブハウスでわけのわからない機械に入り口を塞がれて、完全に逃げ場が無い。
 逃げられないなら、話でもしてみるしか無い。危機的状況ではあるが、望んだ超常現象が目の前にあるのもまた間違いは無い。呼吸を整えて、俺はなんとか声を出した。
「俺を待っていたと言ったけど、何のために。そもそもなんで俺を知ってる」
 綺麗な顔を禍々しいバイザーで覆いかくしたハルは、口元をにやりと歪めた。
「自分が有名人だって、知らなかった?」
「何……?」
「ハーメルン事件の唯一の生還者佐倉舞の兄にしてフィッツジェラルドランド創設者佐倉紅郎の長男、佐倉桜花。おっと、そこの可愛いお嬢さんがいるから、もう唯一ではないか」
 怖気が走った。
 想像以上に俺たちの事を知っている。
 こいつの言う通り、確かに父はフィッツジェラルドランドの創設者の一人、そしてその中でも発案者である。だがフィッツジェアルドランドはサラ・ジュリア・フィッツジェラルドという女性の偉業を象徴するテーマパークであり、実質的な創設者である父の名はほとんど表に出ていない。それを当たり前のように知っている上に、亜癒ちゃんの事までも。
「そしてあなたの持ってる不思議な扇子。それに興味があるんだ」
 本格的に身の危険を感じた。亜癒ちゃんを背中に庇いながらじりじりと後ろに下がる。
「おしゃべりはこれくらいで良いか。まずは扇子ごと君を連れて行く!」
 ハルが腕を天に向かって突き上げると、足下から水がわき上がった。
「そんな馬鹿な……!」
 ここはライブハウスだぞ。
「大丈夫、痛みは一瞬だよ」
 水は生き物のようにうねりをあげ、巨大な波となって俺に襲いかかった。
 殺られる。
 迫りくる波になす術などある訳無く、俺は反射的に目をつぶった。

 ……来ない。

 いつまでたっても予想していた衝撃は襲ってこなかった。
 恐る恐る目を開くと、波は目の前で静止していた。まるで、何かに動きを阻まれているように。波はそのまま力尽きたように消滅した。
 これは……バリアー?
「どうやら間に合ったようだな」
 振り返ると、八本足の門番が鉄くずと化していた。
 そしてそれを踏みつけるように、一人の男が立っていた。
 男の姿は異様だった。
 細身な体にロングコートを纏ったその男の肩にかかる長い髪は灰色で、顔立ちは少しだけ日本人離れした冷たい顔立ちは吸血鬼を思わせた。
 だが何よりも印象的なのはその眼。薄暗いライブハウスの中で、その眼は完全に沈む直前の太陽のように、真っ赤に爛々と輝いていた。
「佐倉桜花。真実を知りたくはないか」
 その男は、俺に問いかけた。
「真実」
「ああ。君は今目の前で繰り広げられている光景が信じられるか? 超能力、超常現象。常識人なら一笑に付すそういった物。だが七年前から終わらないあの事件の真相は、その先にこそある。共に真実を追う覚悟があるのなら」
 その男は、俺に手を差し伸べた。

「一緒に行こう」
 
 その時の俺の心は、自分でも説明できない。
 ただ俺は、一切の迷い無く、その手を取った。

 思えばこの手を取ったこの瞬間が、俺の、いや俺たちの物語の、全ての始まりだった。
 黒にも白にも染まれない、まるで夕闇のように中途半端な男
 板堂聖派との出会いこそが。
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プロフィール

Author:黒ザトー
小説『Dusk』ゆるりと更新中
並びにボイスドラマ企画『Dusk ep0 ゆめのせかい』
企画中


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