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Dusk5

4の直後です



・序

 溶けた絵の具を混ぜ合わせている途中のような、不思議な空の色をした空間。
 その場所の主人である少年は、玉座から立ち上がって空を見上げていた。
「これは最初の一歩だ」
 主は深い微笑みをたたえて空間に開いた穴に優しく声をかけた。
「ボクと君との絆の証だね」
「彼との……ですか?」
 同志の一人——『ジェスター』と呼ばれる青年が彼に問う。
「うん。ボクたちは頑張ってるけど、きっとそれだけじゃダメなんだ。片方だけじゃあね。今彼らはボクたちが必死に伸ばし続けた手を掴んでくれたんだ。それって素敵なことだと思わない?」
 主は愛おしそうに顔の前に手を掲げて、自分の視界の中でだけその手の中に穴を収めて愛でる。
「今はまだボクたちが出ることは叶わない小さな小さな穴だけど。いつかボクたちが手をつなぐために」
「……ええ。とても素敵だと、私も思います」
 主とジェスター、そして同志たちは、穴の向こう側へ行った従者を心配そうに見送った。
「頼んだよ、メッセンジャー。ボクたちの愛を伝えておくれ」



 妙な光を放ちながら渦巻く小さな穴。空間に直接開いている不可思議な次元の裂け目。
 なんども超常体験をしてきたのに、桜花はしばらくその光景が信じられなかった。
 あるいは長年探し求めていたフィッツジェラルドランドのハーメルン事件の真相に一足跳びで近づいてしまったような、錯覚かもしれないがそんな感覚があるからなのかもしれない。
「あれが、異世界への扉……?」
「扉というには小さいかもしれないね。だがこれで超能力と異世界の仮説は新たな段階へ進む。まずは来訪者に話を聞こうじゃないか」
 空間から砂浜に舞い降りた白いフードを目深にかぶった人物。
 その人物は激しい光が収まった後、ゆらりと立ち上がった。
 皆が固唾を呑んで見守る中、その人物は白い布を捨て去った。
「女の子……?」
 ハルが思わずといった様子で言葉を漏らした。
 目の前でニヤリと意地悪な笑みを浮かべているのは10代前半を思わせる見た目をした少女だった。
 小柄で、身長は亜癒より少し高い程度。健康的な褐色の肌にインドのダンサーのように宝石が散りばめられた衣装を身にまとい、肘や膝、手首といった関節部分には金糸の入った質のいい布を巻いている。背中には大きな針金細工の蝶の羽をつけている。作り物だと思われるが異世界からの来訪者である以上確証は無い。だがその奇抜な格好を除けばごく普通の人間の少女に見えた。
「どうしたの? ボクの可愛さに言葉も出ない?」
 異国情緒溢れる見た目に反して少女は流暢な日本語を口にした。見た目通りの少女らしい声である。
「ボク……だと?」
 板堂が思わぬところに反応した。
「そうだよー、ボクはボク。女の子はボクって言っちゃダメなの?」
 わざとらしく拗ねた顔で板堂に顔を近づけた後、何かに気づいたようにぽん、と手を打った。
「なるほど、君がセーハくんだね?」
 板堂がぴくりと眉を動かした。
「君が桜花くん、ハルちゃん、そこのはだかんぼさんが亜癒ちゃんだね。んー?」
 少女はオーバーアクションで機械蜘蛛に近づき、金属の脚を押しのけて亜癒を解放すると、体の表面を品定めするように撫で始めた。
「はへー、ボクたちと似ている……ようで、違う。不思議ね、君。もしかしたら誰よりもマスターに近いのかも」
 少女は少し驚いた様子で亜癒のことをしげしげと眺め、やがて離れた。
 桜花は少女の言ったことも気になったが、亜癒がくすぐったがっていたことから少女が間違いなく亜癒に「触れた」ことも同じくらい気になっていた。
 あの日、再会した父は触れられなかった。つまりあの時とは違うのだ。
 この少女は父とは全く関係のない空間から来たのか。
 あるいはやはりあれが桜花の幻覚だったか。
 それとも——
「こうして会えて嬉しいよ、クロウがやったみたいな無茶じゃなく、ちゃんと会えて」
 少女は明らかに桜花に向けてそう口にした。
 桜花は動揺のあまり何かを言おうとして口を開け、だが体が声帯の震わせかたを忘れたかのように間抜けに口の開閉だけを繰り返した。
 そんな桜花の様子を愉快そうに眺めると、少女は少しだけ寂しそうな顔で続けた。
「もっとも、ずっといるとボクもクロウみたいに消耗しちゃうけどね。今回はこれくらいかな? 最後に一つマスターからの伝言を伝えさせてもらうよ」
 少女は胸に手を当てて一音一音大切そうに発声した。
「ボクたちが信じる限り——そして君たちが信じてくれる限り。ボクたちはいつか必ず一つにつながれる。だから君たちの大切な人のことを、想い続けて」
 ハルはハッとした顔をした。板堂は口元を押さえて何かを考えているようだが目だけはじっと少女を見据えてる。亜癒は機械から降りて服を着ている。坂本は終始楽しげに少女と空間の穴を観察していた。
「ああ、興奮しすぎて忘れてたよ。ボクの名はレヴィ。呼んでくれてありがとね、Dusk」
 そうして少女は時空の穴の向こう側へ飛び込んだ。
 そしてそれを待っていたかのように穴は閉じ、ほとんど沈みかけた赤い陽が照らすいつもの空が戻ってきた。
「大切な人のことを想い続けて……」
 降ってわいた静寂の中でハルはゆっくりとレヴィの言葉——いや、レヴィの主人からの言葉を復唱した
 不思議と桜花の胸にもその言葉はすっと染み込んでいた。
 そしておそらく、板堂の胸にも。
 静かに胸に手をやりながら穴の消えた虚空を見つめる板堂は今どんなことを考えているのか桜花にはわからなかったが。
 桜花もまだ知らない板堂が「失ったもの」を、あの向こうに幻視していたのだろう。
 きっと桜花と同じように。



2.

「なんだったんでしょう、あのレヴィって子。言いたいことだけ言って帰っちゃってもう。私らぽかーんですよ」
 亜癒を家に送り届けた後、ハルに誘われて桜花はAKIRAではなく喫茶チェーン店に立ち寄っていた。桜花もモヤモヤとした胸の内を抱えて一人帰るのは嫌だったので二つ返事で乗った。
「とにかくレヴィは間違いなく父さんを知っていた」
 父、佐倉紅郎。少女の言う「クロウ」が別人と考える方がもはや難しい。
「ヴァンや私、亜癒ちゃんのことまで知ってたし、向こうからこっちを見てたのか、元々知ってたのか……」
 坂本だけは呼ばれなかったが、離れたところにいたからというだけかもしれないし、興味がなかったのかもしれない。
「七年も経ったらどうやったって忘れてきちゃいますよ……私だってもう大人になっちゃうんですから」
 ハルはグラスに残った氷をストローでつつきながら唇をとがらせた。
「忘れて欲しくないなら、あの穴からぽーんって帰って来ればいいのに」


3.

「はふ〜」
 異空間へ通じる穴から帰ってきたレヴィを、主が出迎える。
「お疲れ様。みんな元気そうだったかな?」
「ええ。セーハくんも心配はなさそうです。ですがやはり——」
 その瞬間、レヴィの体が粉々に砕け散った。破片すらも塵となって霧散していく。
 だが砕け散ったはずのレヴィの体は変わらずその場にあった。
「この現界は不完全です。そう長くは持ちそうにありませんでした」
「やっぱりそうか……そう簡単にはいかないね」
 世界を超えるのは並大抵のことではない。その証拠に、この世界に戻ってきた直後にレヴィの体は砕けてしまったのだから。
 正確には向こう側で活動するためにレヴィが乗り移った人形である。坂本悟の手によるもので、多少なりとも超能力を帯びているはずだが、それでも数秒と保たなかった。
 地上に降りた時、砂の中に用意してあったこの人形に乗り移ることがフェイズ1だとすれば、最終フェイズがこの体に宿ったままの帰還であった。実験は悪い方向に予想通り、こちらの世界にはいった時に依り代にしていた人形は砕けてしまった。
「まだ会いに行くには早い……か。残念だけどしょうがない」
「こちら側から向こうに行くのは向こうのものがこちらに来るほど無理な行動ではありません。そのための七年でしたから。しかしそれでも数分が限度でしょう。でも確実に向こうとこちらが繋がり始めているのは間違いありません」
「七年待ったんだ。光が見え始めた今こそ、より慎重に動くべきだね」
 その時、たどたどしい足音が奥から聞こえてきた。
「……そうだな、ちょっと思念を飛ばしただけでこのザマだったからな」
「やあ、久しぶり。まだ寝ていたほうがいいんじゃないのかい?」
 そう口にしつつも主の口元は嬉しそうに緩んでいた。
「おはよう、クロウ」



4.

 その日の夜、板堂聖派は海辺の塀に身をもたれていた。
 街灯の明かりと、海の向こうのビル群の明かりだけが照らす静かな海岸には、板堂一人だけしかいない。
「……いるんだろう。出てこいよ」
 人影のない砂浜に向かって板堂が声を投げかける。
 否。人影はなくともそこには不自然な“影”だけがあった。
 やがて主なき影が芋虫のように蠢いたかと思うと、唐突に板堂の視界が暗転する。
 もうこの感覚にも慣れてきていた。
「レヴィは喚べたようだな」
 暗転した世界の中で“影”は語りかけた。
「完全とは言い難い形だったがな。あのメッセンジャー……レヴィというのは何だ? 行方不明者リストの中にはあんな人物はいなかった」
「さあな」
「もっとわからないのはお前だがな。頻繁に俺にコンタクトを取ってくるが、佐倉とレヴィの話からして他のお仲間はそう簡単にこちらにアクセスできないようだな」
 板堂は闇の中の“影”を睨めつけた。
「お前は人間か?」
「気にする必要はない。ただなすべきことをなせ。取り戻したいのなら」
 影は哄笑をあげながら姿を消した。同時に板堂の視界も解放される。
「俺は彼らのように誰かを失ったわけではないがな……」
 板堂は若干苛立った顔で独り言ちた。
「あいつの仲間なんだろうが……お前とは仲良くなれそうにないよ、影法師」




5.

 翌日板堂が久しぶりにDusk本部に現れた。しかも初手から平謝りである。
 どうやら亜癒に坂本がしたことを謝っているらしい。
「わたしがかんちがいして怖がってにげちゃったから……」
「いや誰でも怖いっすよあれ」
「坂本さんはちょっと過激すぎるな。俺もびっくりしたけど、板堂が謝ることないんじゃないの?」
「いや、今回のことは必要だと言って坂本先輩の協力を要請したのは私だ。先輩のことは知っているのだから、せめて私の方で事前にしっかり亜癒ちゃんに了解を取っておくべきだった」
 板堂はそう言って紙袋を手渡した。
「せめてものお詫びとして受け取ってほしい」
「わー! わーっ! これおいしいのだっ! ヴァンありがとう!」
 亜癒が大喜びで受け取る。袋の中には有名店のシュークリームやプリン・ア・ラ・モード他ケーキ類と、ホテルのケーキバイキング無料招待券が入っていた。
 全力の賄賂である。
「これを機にあんなやつと関わんないようにした方がいいっすよ」
 亜癒が紙袋を持って奥の部屋にかけて行ったのを確認して、ハルが小声でチクリと刺した。
「今回は本当に迷惑をかけた。……じゃあ、また」
「え、食べていかないの? お菓子」
 回れ右した板堂の腕をハルがガシッと掴んだ。
「ていうか逃がさないよヴァン。一緒に食べるまでがお詫びです。お茶淹れるから座ってて」
 板堂は少し困った顔を浮かべつつ、素直に奥の部屋まで付き従った。

「いただきまーす!」
 亜癒はシュークリームとショートケーキを選び、心の底から幸せそうな顔で早速食べている。見ているだけで満足しそうになりながら、桜花も自分のフルーツタルトにフォークをつける。ハルはモンブランに即決、残ったプリン・ア・ラ・モードが板堂に渡った。なぜかフルーツとプリンを分けている。
「もしかしてフルーツ苦手なの?」
「ん?」
 桜花が指摘すると、板堂は自分の手元を見て数秒硬直した。
 どうやら無意識の行動だったらしい。
「いや、プリンの方がちょっとな。食べるかい亜癒ちゃん?」
「もらうー!」
 フルーツを取り外された生クリーム付きプリンが亜癒の手元に渡った。
「言ってくれれば俺がそっちにしたのに」
「いや、プリン・ア・ラ・モード自体は好きなんだ」
「プリン苦手なのに?」
「ああ」
 板堂はそういって微笑んだ。
「——そっか」
 その顔を見て、桜花は何も言えなくなってしまった。
 そっくりだったのだ。ついこの前までよく見ていた顔に。

 行方不明の娘について語る、施境彰の顔に。



?.


 行方不明者リストの中にその名を見つけた時、少年は何度も何度も確認した。
 しかし何度読んでも、どの資料を見てもその名前は変わらなかった。
 探し人と一文字だけ違う、だが間違いなくその少女が現れなくなったことと関係しているであろうその名。
 少年はその名を深く胸に刻み込んだ。

 ――緑間ユウ
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プロフィール

Author:黒ザトー
小説『Dusk』ゆるりと更新中
並びにボイスドラマ企画『Dusk ep0 ゆめのせかい』
企画中


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