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Dusk6前編

長くなったので分割
Dusk6「ホワイト・ファング」その1
1.

 ある大学の会議室に、少年たちは集まっていた。10人の中高生の男女が長机の周りに座り、ホワイトボードの前に立つ少年に注目している。
「いいか、俺たちは長年の宿願を果たす!」
 金色の大きなピアスをつけ、先端だけ黒く染め直した金髪の少年がホワイトボードを力強く指し示した。彼の名はカズ。この集まりのリーダーである。178センチの長身と細身ながら筋骨隆々の恵まれた体格を誇る中学三年生の15歳である。そして中学生にもかかわらず、高校生もいるこのグループで満場一致でリーダーになったカリスマ性と実力を併せ持つ熱い男だ。この会議室も彼の人柄が幸いして遥か年上の大学生の友人の好意で使わせてもらっているのだった。
 ホワイトボードには太い文字で「打倒Dusk」と書かれている。
「俺たちは何度も奴らに煮え湯を飲まされてきた。だがこのままでは絶対に引き下がらない。それが俺たち、『流星のホワイト・ファング』の流儀!」
 席に座っていた少年少女も立ち上がって大きな歓声を上げた。
「そうだよ、あたし達の牙は決して折れないよ!」
 肩出しのカットソーを着た茶髪の少女、エイミはそのスレンダーな胸に握りこぶしを押し付けて力強く賛同した。カズもその様子を見て、不敵な笑みを返した。
 カズとエイミが組織——「流星のホワイト・ファング」にかける思いは、他のメンバーよりもさらに強かった。そもそも、全ては彼と彼女が出会ったことから始まったのだ。
 そして同時に、Duskとの——板堂聖派との因縁も。



 2年前のある日のことだった。カズはその日、いつものように渋谷の街を歩いていた。中学一年生にしてカズはドラムの才能を発揮し、組んだバンドはライブハウス常連の大人達をもうならせるほどだった。そうなってくると場所が場所だ、決してなめられるわけにはいかない。顔は幼かったが、当時から背は高く、この時点で170を超えていた。あとは服装にハッタリを効かせれば顔が幼くてもそうそう舐められない。そういった経緯でカズはファッションに興味を持ち、暇さえあれば新しい服を物色していた。幸い資金面に関しては、ドラム演奏をネットで上げた動画が伸びに伸び、そこで得た収入で中学生の通常の小遣いでは手が出ないような服や楽器でも買うことができた。
 その日はなかなかピンとくる服に出会えなかった。だがこのまま帰るのも癪だ、そう思って普段回るルートよりも遠くまで足を伸ばすことにしたのだった。
 そんなわけであまり見慣れない通りを歩いていたところ、進行方向から何やらすごい勢いで走ってくる大男がいた。手には明らかに女物のハンドバッグ。後ろからは中年の女性が声をあげながら追いかけているが、大男はかなり足が速くどんどん距離をあけられている。
——ひったくりか!
 カズは正義感が強い方だった。だから考えるよりも先に体が動いていた。
「逃がすか!」
 反射的に男の進路に体を広げた。
 だが、男が一歩上手だった。
 アメフトか何かをやっていたのか、ほとんど減速することなくカズの横をすり抜けそのまま走って行った。
「待て!」
 足の速さには自信がある。そのまま逃したくはなかった。振り返って全速力で追いかける。だが悔しいことに男は体格も筋力も優れているようで明らかにカズより数段足が速く、その上スタミナもあった。
「くそっ、おい待てぇっ!」
 無情にも徐々に距離を離されていく中、カズは悔しさと怒りをぶつけるように男の背中に手を伸ばしながら叫んだ
 ——その時だった。
 カズの伸ばした右手が輝き、そこから眩い閃光が迸り、男の背中を直撃した。
 男は断末魔のような叫び声をあげて、全速力の慣性がのったまま倒れ地面を数メートル滑ってそのまま動かなくなった。
「——!?」
 カズは何が起こったのかわからず一度立ち止まって自分の右手を見た。
 ——今明らかに自分の手から何かが出て、それがこの男に当たった。
 はっと我にかえり急いで男に近寄る。幸い呼吸はしている。気絶しているだけのようだった。
 背中の光が直撃したと思われる場所には小さな穴が空いていたが、焦げたり焼けたりはしていなかった。
 何がどうなっているのか。
 だが頭の中がぐちゃぐちゃのそのタイミングで、またしても悲鳴が聞こえてきた。路地裏からだ。混乱の極みにいてもカズの中の正義の心が、その体を勝手に走らせた。
 そこにいたのは、女の子だった。その全身から青い燐光のようなものを発している。
 カズは直感的に悟った。この子は俺と同じだ、と。
「あ、あ……!!」
 カズに気づいたその少女は、おびえた様子である一点を指差した。カズは不審に思いながらその方向をみた。

 その瞬間をカズは一生忘れないだろう。

 風に揺れる灰色の長髪、青白い肌。そして血のような真紅の瞳。
 黒いコートを靡かせた死神のような男がそこに立っていた。
 足元には哀れな犠牲者と思しき男が転がっている。
 他人に対してこれほどの恐怖を覚えたのは初めてだった。あるいは“人”ではないのかも知れなかった。
「お、お前は誰だ」
 得体の知れない男を前に、それでもカズはなんとかそう口にした。少し声が震えてはいたけれど。
「——板堂聖派。君も超能力者か」
「超能力者……?」
 板堂はにやり、と口元を醜悪な嗤いで歪めた。
「物理的にありえない力を持つ者のことだ。私や、そこの少女のようにな」
 体から青い光を放つ少女はガタガタと震えながらカズに助けを求めるように言った。
「こ、こいつがそこの足元にいる男の人をなんかすごい力で気絶させて……それからあたしに気づいて言ったの。『君は超能力者か? 力が暴走しているようだな、私と共に来い』って」
 やはり足元に倒れている人間はこの悪魔のような男の仕業だったらしい。板堂聖派はわざとらしく肩をすくめた。
「誤解しないでもらおう。この男はこうなるべくしてこうなっているんだ。それより君も超能力を持て余しているのなら、私と共に来るといい」
 直感でわかった。こいつは危ない。カズはとっさに板堂聖派に右手を向けた。何か熱いものが右手を伝っていくのがわかった。
「くらえっ!!」
 すると先程と同じように、いやさっきよりも強い輝きが板堂聖派に直撃した。
「っ!」
 板堂はわずかに驚いた表情をしていた。だがそれよりも驚いたのはカズの方だ。屈強な男を一撃で気絶させた光の奔流の直撃を食らってその男は全くの無傷だった。防ぐ動作すら見られなかった。
「驚いた。この力はかなりのものだ」
 無傷のくせにしゃあしゃあとそんなことを言ってのける。だがもはやこれ以上関わるわけにはいかない。
「逃げるぞ!」
 カズは少女の手を取り全速力で駆け出した。
「ま、待って」
 少女は息を切らしてカズの腕を引っ張った。早く走り過ぎたらしい。カズは立ち止まってあたりを見回す。追ってきている気配はないようだった。
「悪かったな。大丈夫?」
「う、うん。まだ何もされてなかったから……」
「なんだったんだろう、あいつ……それにこの力」
 少女の体を纏う青い燐光はいつの間にかおさまっていた。
「君も、不思議な力があるの?」
「そうみたい」
 超能力。板堂聖派はそう言った。
 カズはぐっと右手拳を握りしめた。
「超能力者ってあいつは言った。あいつも超能力者なんだ。それも強くて、悪い……」
 そしてカズは少女の目を見て言った。
「なあ、俺思うんだ。悪の超能力者がいるなら、正義がやっつけなきゃいけないんじゃないかって」
 少女はぽかんとした顔をした。それを見てカズは変なことを言って引かれてしまったかと焦ったが、すぐに少女は笑顔になり、そのまま声を上げて笑い出した。
「なにそれ、子どもみたい! 正義のヒーローになるっていうの?」
 あまりに遠慮なく笑われるものだからカズは恥ずかしくなって俯いた。
 だが手が柔らかい感触に包まれ驚いて顔を上げると、少女がカズの手を掴んでいた。その顔は優しい微笑みに彩られていた。
「でもそういうの嫌いじゃないよ、あたし。君は今はまだあいつより弱いのかもしれないけど、今日あたしを助けてくれた君はヒーローみたいでかっこよかったから。あたしでよければ君の力になりたいな」
 少女もまた顔を赤くしながら少し興奮した様子で早口で言った。それを見て本当に嫌いじゃないんだなということは理解した。
「あたしエイミ! 君は?」
「俺はカズ。よろしくな」
 それが二人の始まりだった。。
 いつかDuskを、そして世界の悪を倒し、同じように困っている人たちを助けるために。
 まず二人は仲間を集めた。そして苦しんでいる超能力者たちのためのレジスタンスを創設したのだった。
 『流星のホワイト・ファング』。
 それはいつか空を照らし、薄暗い夕闇を晴らす正義の牙。



2.


 その夜、板堂聖派は川沿いのオープンカフェでコーヒーを飲んでいた。
 それをカズは川を挟んで向かい側にある橋の上から眺めていた。距離にして20メートル強。
 カズの右腕に金色の輝きが宿っていく。その輝きは2年前よりもはるかに力強い。それだけではなくその光は徐々に「矢」を形作っていく。
 これで倒せるなんて思ってはいない。だがこれは宣戦布告だ。
「《イグナイト——》
 照準は板堂聖派の持つコーヒーカップ。
「《——ゼウス》ッ!!」
 だが矢を放つ直前、強烈な風がカズの手元を狂わせ、矢は川に吸い込まれていった。
「お前、今板堂を狙ったな」
 いつの間にかカズの横に黒髪の青年が立っていた。カズより10センチ以上小さいが、その凛とした立ち居振る舞いは警戒すべきものがあった。カズはすぐに青年に向き直る。
 パチン、と青年が手に持っている扇子を閉じた。カズはその扇子が淡い桜色の輝きを放っているのを見て取った。
 ——なるほどこいつも超能力者。そして風を起こしたのはこの扇子によるものだろう。
 再び右手に光を蓄え出したカズに、黒髪の青年は瞬時に接近して鋭い蹴りを放った。とっさにかわすが、今の一撃で把握する。相手はかなりの身体能力だ。だがカズも伊達にホワイト・ファングのリーダーを務めているわけではない。悪との戦いを想定し、日々鍛錬を積んでいる。蹴りを主体にした青年の攻撃に拳を中心にした打撃で応戦する。
 手足のリーチはカズの方が長い。さらにカズの超能力《神雷の右腕——イグナイト・ゼウス》には、放つ前の段階、すなわち腕に宿した状態でも攻撃力がある。当たれば最低でも気絶は免れないだろう。だが敵は敵でカズの拳を紙一重で見切り続けた。
「『陰陽桜』!」
 青年が叫んだ瞬間手に持っていた扇子が日本刀に変形した。
「なにっ」
 徒手空拳を相手と思い込んでいるところに突如現れた日本刀をすんでのところでかわしたが、完全にバランスを崩し、カズは尻餅をつく形で地面に倒れこんだ。
 トドメとばかりに青年が日本刀を振り下ろす。だが青年は気づいていない。カズの体から青い輝きがどんどん強まっていることに。
「エイミ!!」
 刀が触れる寸前にカズは叫んだ。
 その瞬間青い輝きに包まれたカズの姿が一瞬で消失した。
「——!!」
 刀が空を切り青年が驚いた顔をする。だが本当に驚くのはこれからである。
 消えたカズの体は15メートル後方、橋の端で再構成されていた。そしてその時にはすでに、《神雷の右腕》の発動モーションをとっている。
 これがエイミの能力《蒼き残光——ラプソディア・フラッシュ》の能力。カズ以上にチャージに時間がかかるものの、蒼い光を分け与えた相手を任意に20メートル以内に瞬間移動させる強力極まりない能力。自分自身を転移させたり、同時に複数人に憑依させることはできないが、カズの能力との相性は抜群である。
「喰らえ、《イグナイト・ゼウス》ッ!!」
 青年はとっさに刀を盾にするように構えた。
 ——だが無駄だ、その程度の盾など貫通する!!
 だが神速の矢が放たれる一瞬前、青年はぶれるように数十センチ横に飛んだ。中国拳法を思い起こさせる滑るような動きにカズはとっさに対応できず、結果光の矢は肩を軽く掠めた程度に終わってしまった。
 そしてカズは再び驚愕した。相手は盾などかまえていたのではなかった。今度は刀を弓へと変化させていたのだ。
「変幻自在の武器だと!?」
 とっさにカズは川に向かって跳躍した。
 ——その一瞬、その男と視線が交差した。
 どこまでも澄んだ迷いのない瞳。
 カズは青年が“強敵”であると直感した。
「決着は必ず——!!」
 数秒後、激しい水柱をあげ、全身を水に嬲られながらカズは思った。
 相手の名前を知らないのを、これほど残念に感じたことはないと。


 佐倉桜花は陰陽桜を扇子に戻し、険しい目で少年が消えた川を眺めていた。
「まさか佐倉から逃げ果せるとはな……腐っても超能力者のリーダー、その実力は伊達ではないというわけか」
 桜花の後ろから、余裕の笑みを浮かべたままの板堂が声をかける。
「——二人だ」
 桜花は振り返らずに答えた。
「なに?」
「相手は二人だった。それもかなり強力な」
 桜花は直感していた。
 自分がDuskにいる限り、少年とはまた刃を交えることになるだろうと。



3.


 川から上がり橋の下でエイミと合流したカズはなんとかDuskに見つかることなく根城にしている倉庫に転がり込んだ。広さは10畳ほどで地面はコンクリートだがソファなど幾つかの家具がメンバーによって持ち込まれている。
「Duskにそんな隠し球がいたなんて」
 エイミが深刻な表情でつぶやいた。ただでさえ板堂聖派は強力な超能力者だというのに、その上あれほど強力な側近を組織に迎え入れていたなどとはカズたちも全く知らなかった。
 水浸しになった体をタオルで拭きながら、カズは青年のあの目を思い出す。
「一瞬戦っただけだったけど、あいつは誇り高い“戦士の目”をしていた」
「水の歌姫みたいに、何か弱みを握られて無理やり組織にいるってこと?」
「その可能性はある。もしくは、板堂聖派に何か恩でもあるのか——いずれにしろ宣戦布告するだけだったはずの今日、奴の存在を知れたのは収穫だ。場合によっては仲間になってくれるかもしれないしな」
 Duskのメンバーだからといって、必ずしも悪人とは限らない。水の歌姫ハルもそうだ。彼女は類まれな歌声とライブパフォーマンスでまだ局所的とはいえかなりの人気を誇るが、Duskの主要メンバーの一人である。彼女の過去は謎に包まれており、板堂聖派に騙されているか弱みを握られているか洗脳されているに違いないということで《ホワイト・ファング》内の意見は一致していた。
 Duskの中に洗脳能力者がいるというのはほぼ間違いないことがこれまでの調べで既に分かっている。一例として、過去Duskに敵対行動を取っていた「ルキオ」という男をリーダーとする異国の集団が、ある日を境に水の歌姫ハルのライブに現れるようになったのだ。それも親衛隊として。これはほぼ洗脳の証拠と見て間違いないだろう。それが板堂聖派によるものか、まだ見ぬ何者かによるものかはわからない。
 ともかく水の歌姫ハルとはカズ自身も何度か同じライブハウスで共演して善人であることを確信した。いつかは必ず自分たちの側についてくれるだろう。
「いずれにしろ板堂聖派、そして今日のあの男を突破できれば俺たちにも勝機がある。残念だがハルと戦うことも想定しておかないとな」
 エイミはこくりと頷いたが、突然顔を上気させ、眉をつり上がらせた。
「もうっ! ここで服脱がないでよ!!」
「嫌なら目閉じてればいいだろ」
「変態の理屈だよそれ!」
 カズは釈然としないものを感じつつ体を拭い服を着る。なにもパンツまで脱ごうとしたわけではないのだ。パンツ一枚ならプールの時と大差ない。そこまで騒ぐようなことだろうか。
「おじゃましま〜す。あら痴話喧嘩中だった? ごめんね〜」
「違うよ!」
「違うから!」
 二人の必死の反論も意に介さず「ホワイト・ファング」のメンバーであるゴスロリファッションの少女はずかずかと倉庫に入ってきた。
 彼女はリズ。一見すると小学生にも見えるほど小柄で可愛らしい少女だが、いつもゴスロリファッションと毒々しいメイクで飾っている。彼女もまた強力な超能力者だが何を考えているかわからないためカズはうまく距離感がつかめずにいた。
「その様子だとリーダーは宣戦布告したら手痛い反撃でも食らって命からがら逃げてきたのかしら?」
「板堂聖派にじゃない。Duskの新しいメンバーだ」
 するとそれまで気だるげだったリズが突然目を輝かせた。
「それって女の子!?」
「いや、男だ」
 リズは露骨にため息をついてがっくりとうなだれた。
「つまーんないの〜」
 リズはとてとてとあるいてソファにとすんと座り、横を向いて壁に掛けてあるカレンダーを見た。四日後の日付には二重丸で印が付けてある。
「もう来週か〜ふふふ」
 リズの顔がだらしなく弛緩する。笑ったり落胆したり忙しい奴だとカズは思った。
「……本当に大丈夫なんだろうな?」
「もちのろん〜」
 ゆるく手を振ってリズは答えた。
「かわいこちゃんの相手はこのリズにおまかせ〜。待っててね、ハルちゃん」
 その笑顔にカズは一抹の不安を覚えずにはいられなかった。
「リズ……あたしたちは正義の味方なんだよ。だから」
「わかってるよ、エイミ」
 リズはエイミの言葉を遮ってそう言うと、優しく微笑みながらエイミの頭を撫でた。
「リズだって、ホワイト・ファングの一員なのよ?」
 その光景を見てカズは安堵のため息をついた。リズは変わっているが、悪い奴ではない。少々男嫌いでカズはじめ男性メンバーにキツくあたるきらいはあるが、きっとそれだけだ。
 それより今自分が考えることは、四日後の勝率を少しでも上げることだけだ。
 カズは拳を握りしめ、改めて決意を固めた。



4.


 エイミはベッドの上で一人膝を抱えて丸くなっていた。
 カレンダーをちらりと見る。赤い印が付いている日は既に日付の上ではとっくに今日だ。はあ、とため息をつく。
「こわいなぁ……」
 つい弱音が漏れる。カズの前では絶対にこんなことは言わないが、パジャマ姿で部屋にいるときは、超能力者である以前にただの女子中学生にすぎないことを自覚せざるを得なかった。「ホワイト・ファング」幹部として張り詰めている緊張が反動として弱い中学生にすぎない独りの自分に跳ね返ってくるのだ。
 もちろんエイミだって悪の組織Duskを許すことはできない。Duskに勝つためにはエイミの力が必要不可欠であることは誰よりもわかっている。だがわかっていたところで「戦いがこわい」という思いをどうにかすることはできない。なにより今度の相手は板堂聖派なのだ。
 映画の吸血鬼のように空中から舞い降り、逃げ惑う男を赤黒い邪悪な稲妻で沈黙させ、そしてエイミの方をギロリと向いたあの恐ろしい赤い目。今でも思い出すだけで鳥肌がたった。
 あのときから自分もカズもかなり強くなった。リズを始めとする強力な超能力者の仲間もたくさん増えた。いくら板堂聖派や新入りの黒髪青年が強くても「ホワイト・ファング」の力を結集すれば勝ち目は十分にあるはずだ。
 なのになぜだろう。あの悪魔に勝つビジョンが全く浮かばないのだ。
 あのときの光景が鮮烈すぎて正しい判断ができなくなっているのかもしれない。それでもエイミの胸にはどんよりとした黒い雨雲がわだかまっていた。
 エイミの胸中とは裏腹に外はもう明るくなり始めていた。時計を見るとデジタルの文字盤には「5:40」と表示されていた。もう完全に朝だ。
——どうせ眠れないんだ。
 エイミはパジャマの上からジャケットだけ羽織ると、両親を起こさないようにそっと外に出た。

 今はいわゆるゴールデンウィーク、夏も近づく晩春だが外は少し肌寒かった。特に用事もなく外に出たエイミは近くのコンビニで買ったことのない缶コーヒーを買って公園のベンチに腰掛けた。
 買ったコーヒーを開けて一口飲む。甘い。それに妙に塩気がある。キャラメルの甘ったるい香りが口の中に広がり、今は普通のカフェオレか何かの方が良かったかと少しだけ後悔した。
「へぇ、甘党宣言なんて飲むんだね」
 突然話しかけられてエイミはびくりと身を震わせた。
 振り返ると綺麗な顔が目の前にあった。
「ハルさん……」
 水の歌姫ハル。カズのライブに行く関係でエイミもかなり仲良くさせてもらっていた。美人なだけではなく大変気持ちのいい性格の女性である。
 だが同時に彼女はDuskの主要メンバーの一人だ。真っ向からDuskに喧嘩を売ろうという日の朝に出会ってしまうなど皮肉としか言いようがない。どうしてこんな時間にこんな場所にいるのだろうか。
「桜花さんがよく飲んでるけどそういえば私飲んだことなかったな。おいしい?」
「まぁ美味しいです。ちょっと甘すぎですけど」
「その名前で甘くなかったら詐欺だよね」
「ところで桜花さんって?」
 ハルは「あ、そっか!」という顔をした。こういう何気ない表情変化すら可愛らしいのには軽く嫉妬を覚える。
「最近サークルで仲良くなった人。年上なんだけど、あんまりそんな感じはしないかな」
「へぇ〜。会ってみたいです」
 相槌を打ちつつ「桜花」という名前を記憶する。Duskに女性の新メンバーが入ったのだろうか。あるいは本当にただのサークル活動の話かもしれない。
「エイミちゃん。なんか暗い顔してるよ?」
 いつのまにかハルは目の前にしゃがみ込んでいて、エイミを心配そうに見つめていた。私は大丈夫です——その一言が言えず不自然に黙り込んでしまう。これでは肯定したも同然だ。失敗した時の癖で軽く唇を噛み、その瞬間また失敗したと焦るがもう遅い。ハルは立ち上がって元気づけるようにエイミの方をポンと叩いて軽い調子で言った。
「じゃあ、うちくる?」
「はぇ?」
 想定していなかった言葉に、間抜けな声が一つもれた。


「砂糖とミルクいる?」
「あ、お願いします……」
 時刻は午前六時。親にはさすがにメールで連絡を入れておいた。それにしてもハルの家がこんなに近くにあるとは知らなかった。散らかっているわけではないが小物が多い、よく言えば可愛らしい部屋だ。
「いくら朝でも女の子が外でパジャマ姿はちょっと危ないよー。私が言えることでもないけどね」
「はい……気をつけます」
 ミルクと砂糖を机に用意して座椅子に座ったハルに身を縮こめながら頭をさげる。目の前で湯気を立てるコーヒーをとりあえず一口飲んでから苦味に顔を歪め、すぐに砂糖とミルクを多めに入れる。
「ふふ、まぁ甘党宣言飲む子だもんね。桜花さんは平気な顔でブラック飲むけど」
「……ハルさんは随分桜花さんって人と仲いいんですね」
「うん。なんていうのかな、同志っていうと変かな? でもそんな感じ」
「同志……」
 エイミにとってもカズ、そして「ホワイト・ファング」の仲間たちは同志だ。
 となるとやはりDuskの話だと思ったほうがいいのだろう。
「ハルさんにとってそのサークルは大切な居場所なんですね」
「うん、自分でもびっくりするくらい。子どもの頃色々あってもう大切な居場所なんて一生できないんじゃないかって思ってたからね」
 ハルは17歳とは思えないほど遠い目をしていた。こういう風にハルと話したことはなかったが、外国暮らしが長かったことといい普通ではない人生を歩んできたようだ。それと引き換えエイミの人生は平凡そのものだった。ある日突然超能力者になって秘密結社に所属したことを除けばだが。
「だから今はわかるんだ。大切な仲間には逆に言えないこともあるっていうのも。エイミちゃんも、カズくんとかには言えない悩みがあるんじゃないの?」
「……はい、あります」
 エイミは観念して頷いた。
「カズにだけは、絶対言えない」
「お節介かもしれないけど、私でよければ聞くよ?」
「……実は、ただの弱音なんです」
 思ったよりすんなりとエイミの口は動いていた。相手は今日戦うことになるであろうDuskの一員なのに、なぜだか自然としゃべる気になっていた。
「カズが……あたしたちが今やろうとしてること。本当はみんな無謀だってわかってると思うんです。負け戦でしかないって」
 ハルは無言で先を促した。
「だから……きっと返り討ちにあうからやめようって何度も言おうと思ったけど、結局言えなかった。それで寝れなくて……」
「それって、間違ったことだって思ってる?」
「え?」
 ハルはいつもの朗らかな笑顔を消した真剣な表情を浮かべていた。
「勝ち負けは別として、そのこと自体は間違ってると思う?」
「それは……」
 エイミはそういう風に考えたことはなかった。
 ただ負けてしまうだろうと、戦うのが怖いと思っていただけだった。
 この計画が間違っているのだとしたら、勝利の可能性が低い点だ。悪の組織Duskを討ち滅ぼすことが、間違っていることだとは思えない。それが間違っているのだとしたら、「ホワイト・ファング」の正義が間違っていることになってしまう。
「間違っているとは思いません」
 出た声は自分でも驚くほど強い声だった。
「じゃあ大丈夫だよ」
 ハルは快活に笑った。
「勝っても負けても、自分の中で間違ったやり方をせず、正しく立ち向かったならね。もし間違ってるんだったら、負けてそれを悟ればいいんだし」
 エイミはあまりにばっさりと自分の悩みを両断され呆然とした。
 ともすれば自分がさっきまで何に悩んでいたのかもわからなくなってしまうぐらい。
 一つ言えることは、ハルは今敵に塩を送ってしまったということだ。
「はい、ありがとうございます。やってみます」
 さっきまでの不安顔はどこへやら、エイミは不敵に微笑んだ。
 清々しい気分だった。案外自分は単純なのかもしれない。
 でもそれでいい。単純でいいのだ。正義の味方はシンプルに善いと思ったことをすればいい。
 ハルの言葉で目が覚めた。
 倒れても、何度でも立ち上がる。それが「ホワイト・ファング」。
 負けるかもしれないからといって、怖がっていてどうするというのだ。
 正義を貫き、いつか目の前の少女すら救ってみせよう。
「そうだよ……あたしたちの牙は決して折れないんだ」
 エイミは薄い胸に拳を当て、今一度心を決めた。



5.


「おはようカズ!」
 約束の集合時間、到着したカズの背中を先についていたエイミが駆け寄って勢いよく叩いた。割と痛かったのか背中をさすりながらカズが応じる。
「お、おう。お前もう大丈夫なのか?」
「ん? 何が?」
「いや……昨日までなんかたまに暗い顔してたから」
 エイミはぎくりとした。まさかカズに感づかれているとは思わなかったのだろう。カズは頭をかきながら続ける。
「無理にとは言わねぇよ。危険なのは間違いないんだ。ハルさんだって敵に回すことになる。もし嫌だったら……」
「何言ってんの! あたしがいなくて勝算あるわけ?」
 カズは言葉に詰まった。嘘がつけないカズに、エイミは思いっきり笑った。カズはバツが悪くなって顔をそらす。
 すると暖かい感触がカズの右手に触れた。
 あの日と同じ感触。エイミの小さな両手が、カズの手を包み込んでいた。
「あたしだって『ホワイト・ファング』なんだよ? それに今のあたしは、怯えて何もできなかったあの日のあたしじゃないんだ」
「エイミ……」
 カズは微笑み、もう片方の手をエイミの手の上に重ね——
「ラブコメは終わったか?」
 わざとらしく足音を立てながらガタイのいい少年が姿を現した。
 二人は数秒ぼけーっとした後慌てて手を離した。
「け、ケンタロウいつからそこに!?」
「てかラブコメじゃないし!」
 二人は顔を真っ赤にしながら叫ぶがケンタロウは笑って軽く流した。
「まぁいい。これで全員集まったぜ。しっかり締めてくれ、リーダー!」
「おう!」
 その場に集まったのはカズ、エイミ、ケンタロウと非超能力者の2人、計5人だけだ。他のメンバーはリズとともに別行動をとる。
 カズはこほんと咳払いをしてから表情を引き締めた。
「行くぜお前ら! 今日がDuskの最期だッ!!」
 彼らの決意は歓声となって空に響き渡った。


「先行部隊のケイとジュンからの連絡だ。奴らのアジトの前に人はいねぇが、板堂はあの中で間違いない。30分前に最上階の窓から姿が見えたそうだ。ハルは自宅。増援になりうる位置だから、予定通りリズが向かってる」
 先行した非能力者の2人からの連絡をケンタロウが報告する。危険がないよう、近隣のマンションからDuskのアジトであるオフィスビルの窓を遠距離複数方向から覗き込んでいる。
 リズは予定どおりハルのもとへ向かったようだ。
 リズの任務はハルが本部に向かわないようにすること、そして可能ならば仲間になるように説得すること。おそらく戦闘は勝つにしろ負けるにしろそう長引きはしない。10分程度の足止めが叶えば増援になることはないだろう。ハルにはカズもエイミも世話になっているので、手荒な真似はできるだけ避けるように厳命してある。
「今の所予定通りか」
「ああ。だがそもそも最初の予定とは想定される相手メンバーの頭数が違う。特にその黒髪、カズ相手に一歩も引かなかった奴が加わってるんだ。少なくとも油断はできねえ」
「それに、未確認の『桜花』ってメンバーがいるみたい」
 エイミは昨日誓った。間違ったやり方はしないと。自分で卑怯だと思ってしまうことはやらない。しかしやるからにはもちろん勝ちに行く。そのためには得た情報の共有は怠るわけにはいかなかった。
 エイミの情報に、カズとケンタロウは冷や汗をかきながら頷いた。どのみちここまで来た以上やることは変わらない。
 玉座に踏ん反り返る暴君に今牙を突き立てんとする獣の群れ。
 それが『流星のホワイトファング』なのだから。


 ついにDuskのアジトであるオフィスビルを目の前にして、突入班の間に緊張が走る。
「……突入するぜ」
 カズが少しこわばった声で告げ、真正面の自動ドアから突入した。
 ホワイト・ファングの戦略は実にシンプルだ。虎穴に入らずんば虎児を得ず。真っ向から殴り込むまで。
「——遅かったな」
 エントランスホールには季節外れの桜が舞い散っていた。驚いたことにホールの中央部に桜の樹が屹立している。はっきりと異常な光景だ。
 そしてその幹に寄りかかるようにして甘党宣言を飲んでいるのは、あの時の黒髪だった。
「……やっぱりいたか。この前は失礼した。俺はカズ。ホワイト・ファングのリーダーだ」
「佐倉桜花」
 黒髪が名乗ると、カズの後ろでエイミがびくりと身じろぎをした。
 カズも驚いていた。まさかこの男が「桜花」だとは。女の名前だと思ったが、コードネームか何かなのだろうか。
 だがこれで懸案事項は一つ減った。心置きなく目の前の男に専念できる。
「今度は逃げる気はない。全力でお前を倒す!」
「そうか」
 佐倉桜花はあくまで冷静にカズたち突入班を眺めていた。
 そう、これもシンプルな話だ。
 前回二人でも勝てなかったのならば三人で。待ち構えているであろう刀使いに対抗するために、組織最強の三人で先陣を切ることにしたのだ。
 正義を目指す『流星のホワイト・ファング』、もちろんその全員が超能力者というわけでは無い。あるいは超能力者であっても戦闘において効果を発揮するわけではない能力の者も多い。彼らはかけがえの無い同志だが、やはり超能力者との闘いとあっては巻き込むわけにはいかない。
 カズ、エイミ、ケンタロウ。チーム戦に向いていない能力のリズを除いた事実上の最強戦力。
 後に板堂聖派が控えているからといって出し惜しみなどできない。このメンバーこそホワイト・ファングの持ちうる打倒佐倉桜花のための最強の布陣。どの道この男を倒せないようでは板堂打倒など夢のまた夢なのだ。
 カズの体にエイミの能力《蒼き残光》の輝きが満ちていく。そして右腕の《神雷の右腕》もフルチャージだ。さらに左手には念のためメリケンサックを着けている。初めてつけるが、一発くらいなら刀を防ぐことができるかもしれない。
 ケンタロウの体からもオレンジ色の輝きが満ち、三人の戦闘準備は万全となった。
「勝負だ佐倉桜花!」
 佐倉桜花は飲み終わった缶をそっと床に置いて、武器を構えた。
 もう隠す必要が無いからか、最初から日本刀に変化させている。
 かつてない強敵との戦闘に、三人は心を震わせた。
「受けて立とう」
 桜花の瞳が、桜色に輝いた。
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Author:黒ザトー
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並びにボイスドラマ企画『Dusk ep0 ゆめのせかい』
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